M&Aが成立したのは令和3(2021)年の6月です。その報告をしたときの社員たちの驚きようにはすごいものがありました。寝耳に水ですから仕方がないことだと思います。
みんなに3年間は雇用と待遇が継続されると話すと、納得はしてくれました。しかしこまごまとした疑間や不安が湧いてくるようなのです。数ヵ月は動揺が続いていたのではないかと思います。
そうした動揺を抑えることが、M&A成立直後の私の大きな仕事になりました。
そのために私がしたことは、どんな細かいことでも疑問や不安を聞いて、それを一つひとつ埋めていくという作業でした。待遇面や将来の不安ばかりではなく、仕事での困り事など、なんでもいいから話してもらったのです。
まだK社のFCがどうなるのか、明確な回答をもらっていない時期でしたから、例えば車検のDMを打たなければならないけど内容は従来通りでいいのか。早く決めないと発注に間に合わない。車検の料金はどうするのか。自分はもう少し値上げしたほうがいいと思う、などといった意見も出ました。
それらをとりまとめて紙に書いていくと、A4の紙に3、4ページにもなりました。それぞれに対して、新社長と相談しながら社員たちの疑問や不安に明確な回答を出していくことで、いつの間にか社内の動揺は収まっていきました。
新しい社長は、M&A契約当初の1週間は毎日会社に来た後、いまは月に2回ほどのペースで来社しています。私が常勤で会社をみてはいますが、一人で背負う責任の重さがだいぶ軽減されたという意味でも、M&Aをしたかいがありました。これからも社員からの意見を大事にしていきたいと思っています。
小原自動車工業の創業は1923年です。あと2年で創業100周年を迎えます。(取材当時)それを記念して当社の100年の歩みを記した冊子を出版できればいいなと思っています。これが、今後の1つの夢です。
3年後には、会長職の任期が終わります。その後は1年更新という契約になります。いずれ本当にリタイアした後は、ささやかな経験かもしれませんが自分の経験を活かして事業承継で悩んでおられる経営者にアドバイスをするような仕事をしたいと考えています。これがもう1つの夢です。
たとえ後継者がいなくても事業承継の選択肢としてM&Aという方法があることを伝えたいと思っているのです。もちろん私が相手の会社を紹介することなどできません。しかしM&Aをしていく上でのいろいろな悩みの相談相手にはなれるだろうと思っています。
そして、もう1つ。私を支え続けてくれた妻に長年の感謝の思いを伝える意味で、2人で旅をしたいと思っています。これが、3つ目の夢です。
会社の経営だけではなく青年会議所の集まりやさまざまな地域活動などで、これまで私は早い時間に家に帰ってくることができませんでした。
そんな私に変わって、妻は家のことを全部してくれていたのです。人の娘の子育ても、学校のこともすべて妻任せでした。そのお恩返しの意味もあります。
行き先は、3つです。以前、友人から死ぬまでに絶対観ておくべきだといわれていた場所です。ひとつは万里の長城。2つ目はナイアガラの滝。そして3つ目がオーロラです。何年かかるかわかりませんが、この3ヵ所に妻と行ければいいと思っているのです。
若いうちはそんなにも意識はしていなかったのですが、歳を重ねるにつれて会社を経営することは本当に大変なことだと実感するようになりました。万が一にも会社を潰すようなことがあれば、全ての責任をとらなければならない。自分の家族だけではなく、社員やその家族みなさんの人生まで背負っている。そういう覚悟を本当に持ってきたのだろうかと自分を顧みることもあります。
反面、お客さまに褒められたり、感謝されたり、会社を経営していて嬉しいこともたくさんありました。なによりもうれしいのは、社員の子どもたちが小学校に上がり、成長し、それぞれ独り立ちしていったという話を聞くときです。自分も少しは人の役に立ったかなという気持ちになれたものでした。